ネット落ち穂拾い
昔、舞台関係の人たちのパーティで……とある小さな新劇の劇団の年輩の演出家が、こんなことを言ってました。

「うちの劇団は……主役をやらせてやった若い子が、みんな劇団を辞めてしまうんだよ。どうしてだろう?」

 いや、それは……あなたの劇団の芝居に魅力が無かったというか……。
 「ここにこのまま居たら、ヤバイ」と気付いてしまったからで……。

 脇役やお手伝いなら、そんなに判らなくても……。
 主役なんかをやってしまうと、そこの劇団の地力がよーく判ってしまうわけで……。

「だって、若い子をわざわざ抜擢して主役をやらせてあげたんだよ?普通なら恩義を感じて、劇団のために身を捧げてくれるものだろう?」

 つまり……そもそもの。
 主役を『やらせてあげた』という感覚が、間違っているわけで……。

 そこそこ顔が良くて、自分に自信のある俳優は……自分が主役を演じることになっても、『それが当然』としか思わないわけで……。
 みんな『主役』になりたくて……その道を志したわけで……。
「今回は主役をやらせてもらったから……3年ぐらいは、脇役や裏方を頑張ります」なんて子はいないわけで……。
「ここで主役をやったんだから、もっと大きな舞台で自分を試したい」と思うわけで……。
 特に、若い子は……。

「**してあげたのに」という意識は、相手を下に見ていることで……。
 そういう人間のところには、能力や才能のある人材は残っていきません。

 その演出家の先生は、もう亡くなられたそうですが……。

 何か考えちゃいますよね。

 そこから『次の仕事に繋がる』何かがあるのなら……そこで必死に頑張ることもできるけれど……。
 一度主役をやらせてもらっただけで……そこの劇団に居る限りは、より上へ行ける道が無いと感じたら、そこには留まれない。
 留まっているとしたら、その人はさらに上に行くだけの能力も才能も無い人です。

 そして、留まっている人たちと話してみると……愚痴と他人への悪口しか出て来ないし。
ぼくは転職しやすい社会は賛成だけど、人材派遣による雇用の流動化には反対。米国型の人間を規格化された部品として扱う社会って、事実上、職業選択の自由がないのも同様だし、人材のレベルも下がる。「経営者」にとっては扱いやすい系なんだろうけどね。

Twitter / KAWANGO

とても大事な話。

(via whatsmyscene) (via handa) (via quote-over100notes-jp) (via gkojax) (via mozu)

(via xlheads)

(via yaruo)
 「楽しい」と「うれしい」とでは、さてどっちが喜びが持続した状態か? 助詞の「は」と「が」の使い分けを論理的に説明できる日本人はどれだけいるだろう?
 ちなみに、冒頭の問題の答えは、「楽しい」の方が喜びが長い。「が」は描写文で使い、「は」は説明文で使う。「おかげ」と「せい」の違いは、感謝して使う「おかげ」に対し、「せい」は多少憤って使う。「おざなり」と「なおざり」の違いとなると、難易度は高くなる。「おざなり」は、間に合わせでいい加減な様子。「なおざり」は、いい加減なまま放っておくこと。
 「驚いたことに日本人の中にも、『和語』と『漢語』の違いを知らない人がいるのです」
 「鳥肌が立つ」など、本来は気持ち悪いときに使う言葉が、良い意味で感動したときなどに使われるような変化も。
(via hiragino)
あなたが明日会う人々の四分の三は、「自分と同じ意見の者はいないか」と必死になって探している。この望みをかなえてやるのが、人に好かれる秘訣である。
D.カーネギー (via darylfranz)
で、こういうミステリーというのは、あっと驚くところに鍵があるものなんですね。なかなか驚きました。

【長谷】と書いてなんと読む?

【日下】と書いてなんと読む?

【春日】と書いてなんと読む?

【飛鳥】と書いてなんと読む?

【長谷】は「ハセ」と読み、【日下】は「クサカ」と読む。どう考えても、そう表記して、そう発音するのって特殊だよねって思った経験があると思うんですが、それらは西宮一臣なる学者さんが『地名学研究』に寄せた非常に興味深い話があるのだという。

ざっくりとやってまうと、それらの読みは地名に由来しているが、枕詞的な修辞法が関係しているのだという。

「長谷の泊瀬」(ながたにのはつせ)

「春日の滓鹿」(はるひのかすが)

という枕詞的な修辞法があり、いつの間にか【長谷】と表記して「はつせ」と読み、【春日】と表記して「かすが」と読むようになっていった、と。

これに当て嵌めていくと、

「飛鳥の明日香」(とぶとりのあすか)

だから【飛鳥】と表記して、全く異なる語感の「あすか」となる。

おお! これは非常に説得力があるよなぁ。

では、残された【日下】ですが、これに同様の修辞法によって、

「日下の草香」(ひのもとのくさか)

があり、後に【日下】と表記して、「クサカ」と読むようになったのではないかとなる。

オドロキもありましたが、この枕詞的修辞法という、なんちゅう雅な思考展開なんだって。しかし、これ、説得力がありそう。
子どもの頃って自分で新しいことを始めなくても、中学になって、高校になって……周りの環境が勝手に変わっていってくれたよね。それが大人になると自分から動かないかぎり新しい経験が向こうからやってくることはほとんどない。だから、俺は少しでも面白そうだと思ったことには積極的に飛びつくようにしてるよ
ある広さの土地に囲いを作って、これはわたしのものだと宣言することを思いつき、それを信じてしまうほど素朴な人をみいだした最初の人こそ、市民社会を創設した人なのである。そのときに、杭を引き抜き、[境界を示す]溝を埋め、同胞たちに「この詐欺師の言うことに耳を貸すな。果実はみんなのものだし、土地は誰のものでもない。それを忘れたら、お前たちの身の破滅だ」と叫ぶ人がいたとしたら、人類はどれほど多くの犯罪、戦争、殺戮を免れることができただろう。どれほど多くの惨事と災厄を免れることができただろう。
オリンピック柔道はもはや柔道ではないなんて言っていた自分をここまで恥じる日が来ようとは思っていなかった。
 
僕が部活で教わった柔道の先生は、畳の上での巌のような荘厳さと畳を出てからの朗らかな柔和さと、その節の見事さそのものが僕ら未熟が侮る余地を完全に消していたように思う。竹刀は待たず、両手親指を帯の結び目辺りに突っ込んで、仕切りにすり足をしながら技の危険や未熟を見つけると黙って止めて自ら形を取って直していく先生だった。
県大会に出れば、先生の周りに他校の指導者たちの人垣ができた。「先生すげえなあ!えらいんやなあ!」と先生の柔和さに甘えて度を越した言動をする僕ら未熟ににこにこと笑いながら、「相手の礼は自分の礼」とよく教わった。その意味がわかるのはずっと後になって僕が柔道を辞めてからだけれど、今も間違いのない処世訓として生きている。
 
道場を含めて6年間、僕は暴力をひとたびも受けなかった。それは誇張でも嘘でもない。寒稽古など、自分の心身を苛める修験の類はあったが、水絶ちなどを含めて強制された覚えはない。
柔道とは、武術から暴力を廃し形として技に転ずることで、自他の武力への向き合い方を修めるものだと習った僕らにとって、暴力はすなわちもっとも初歩の未熟だった。自然、先輩も畳の上ではその横暴さを完全に律したし、逆にそれができない者には居辛い世界だったように思う。
 
柔道はなぜ、畳の上でやるのか。ある日、生意気に穿った答を引き出そうと、そう聞いた頭でっかちの僕に、柔らかに先生は言った。
「投げられても、痛くないようにな」
それが柔道の極意だと、僕は信じている。
韓国の先生との会話。「日本人は、亡くなった人の魂はどこにあると思ってる?」「極楽にあってお盆に帰ってくる、かな」「じゃあなんで家に仏壇があってそれを拝むの?そこにはいないの?」・・・一瞬、「それが”クラウド”ですよ」と言いそうになったよ。
Twitter / egamiday (via yasunao)
中学校の先生が「最近の若い人は感動した時に写メを取りますね。どんどん取りなさい、その時の気持を覚えておきましょう。それは、昔の人が俳句や和歌を読んだのと同じ理由なんですよ。あなた達の感性と同じなんですよ」とおっしゃっていたこと、思い出しました。